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ふんわりした生活

本を読んだり仕事でやってみたことなどの日常から、ふんわりと気づきなどを書いていきます

五輪エンブレムのパクリ騒動を眺めながらの所感

気づき 所感 パクリ 創作 オリジナル

ニュースで遠巻きに「へー」と思いながら眺めていたこの件ですが、すごいことになりつつありますね。

佐野氏 使用例の画像 無断転用認める NHKニュース

佐野氏が無断転用を認めたようです。しかもエンブレムも利用を中止する決定がなされたようです。

著作権を持っている方に断りなく転用した、しかも国を代表するようなデザインに、というのが大騒ぎになってしまった発端なのでしょう。 だれもわからないだろう、と思われたのかわたしにはわかりません。 しかしもうこの騒ぎは当分続くのでしょう。

デザインについてはまったく専門外なので素人考えですが、どこかに「盗作」と「モチーフにした」の境界線があるのでしょう。 今回の場合は完全一致するようなものもあるにもかかわらず、許諾なしなので盗作じゃないか?ということなんだと思います。 では許諾があった、あるいは著作権フリーだったとして、どこからが「モチーフにした」となるんでしょうね。

音楽だったら

わたしが中学生だったころ、B'zがものすごく勢いがありました。 ギターを始めた、洋楽も聴き始めたばかりだったせいもあって「B'sのあの曲、イントロが◯◯のフレーズだよな」とか友人と言っていたものです。 原曲を聴いてみて、「あれはまったく同じフレーズだけど、全然違うしかっこいいからカンケーないぜ!」と思ったものです。

また、高校生くらいになるとサンプラーという録音したフレーズを再生する機器が学生でも入手できるような価格帯になったので音楽やってる仲間うちでも持っていることが増えました。 そのときも「1小節はNGでしょ」「スネア一発なら問題なくね」とかいう議論をしていましたが、結局はサンプリングした原曲のほうがかっこいいのでわたしのようなガキの作ったDTM楽曲は捨てられてしまうのでした。

ここで、そのままを利用してしまうのは「ほぼその元ネタに世界観が引っ張られてしまう」場合が多くてそれなら元ネタ聴こうぜ!ということが主だったということです。

サンプリングするときも著作権は必ずクリアしなければならない事項だったと思います。 むかしSound and Recording(サンレコ)という雑誌でピチカートファイブ小西康晴さんがインタビューで答えていた記事をふと思い出しました。 たしか、

自分の楽曲からサンプリングするにも許諾が必要なので面倒

みたいなことだったと記憶しています。 自分の楽曲でさえ利用に許諾を要するので、他人がウェブに公開していたものを無断でというのは純粋にすげーな、と思うわけです。

ということは、音楽では元ネタに世界観が引っ張られない楽曲は「モチーフ」にできているということでしょう。

文章だったらどうなのか

文章は特にコピペではありませんが、やりやすいですよね。 こちらも問題を抱えているのでしょう。 「パクリ どこから」というキーワードで検索すると次のような記事が見つかりました。

どこからが盗作? 現代の著作権

こちらはライトノベルの新人がデビューと同時に消えていってしまうという恐ろしいことが書かれていました。 判例が増え続けていて、かつ減らないのでアウトになる領域が広がっている、しかし「グレーかな?」と思うところに売れる要素があるのは確かなので周囲の変化を監視しつつがんばる、というようなことだと思います。

文章でも元ネタの世界観に重なってしまわない場合は「モチーフ」ということなんでしょう。

オープンソースソフトウェアのコード、あるいはブログに書かれたコード片だったら

これは明確にライセンスがGithubなんかの公開リポジトリにファイルとしてアップされていたりしますし、ダウンロードされたアーカイブの中に含まれていたりしますよね。

でもブログにわたしもコード片を書いていたりしますが、これのコピペはライセンスを明記してないことのほうが多い気がするので(少なくとも、わたしは明記したことがありません)パクリやすいほうでしょう。

実際に納品されてきたソースコードに「あれ、このブログの関数そのままじゃね?」という経験が過去に何度かあります。 自分のオペレーションしてるウェブサービスなんかで動き続けると思うと「えーっ…と」となることはあります。

実際にパクリではなくインスピレーションされた、というジョークはよくありますが実行形式のバイナリファイルになったものを納品していて、一緒に納品されてるソースコードはだれも見ていないということだとパクリにすら気づかないのでそこまで神経質になっている企業はないのかもしれませんが。

ソースコードの場合は「モチーフ」にするくらいなら「ライブラリとして使用」としたほうが良いように思いますけどね…

パクリからはじまる

とはいえ、大抵の創作物ってパクリから始まるものですよね。 パクリはパクリとして、「ここまで似た雰囲気にできた」というのは練習や訓練している頃にはひとつのマイルストーンになったりします。 パクリ自体が悪いわけではないのでは、と思います。

ただ、パクリレベルのものをそのまま公開できるようになったことはシバかれるチャンスを劇的に増やしたということでもあるのですよね。 公開する前に似たものを探しておくとか必要なのかもしれません。 面倒ですね…

今回の騒動に恐れをなさずに、優れたものをパクリまくってウデをあげましょう。それしかないのかもしれません。